この記事は、DJあおいさんのnote『親の人生を背負わされた子どもたち』を読んで考えたことを書いています。
内容の要約ではなく、記事をきっかけに思い出した私自身の体験や感じたことを綴ったものです。
元記事はこちらです。
https://note.com/djaoi_note/n/n65e81fe16163
先日、DJあおいさんの「親の人生を背負わされた子どもたち」という記事を読んだ。
読んでいて、胸がぎゅっと苦しくなった。
相談者さんの話と私の人生は同じではない。
けれど、「親の愚痴を聞く子ども」という部分に、どうしても自分を重ねてしまった。
私の親も、なぜか私にだけ愚痴を話す人だった。
父のこと。
母のこと。
親戚のこと。
私は子どもだったのに、いつも大人の話を聞いていた。
どちらかの味方になりたいわけじゃない。
ただ、間に挟まれるのが苦しかった。
片方の話を聞けば、もう片方の顔が浮かぶ。
だからといって、聞かないわけにもいかない。
子どもなりに気を遣いながら、「そうなんだね」と話を聞いていた。
当時はそれが普通だと思っていた。
だけど今振り返ると、あの頃から私は人の感情を背負う癖がついていたのかもしれない。
相手が困っていると放っておけない。
機嫌が悪いと自分が何とかしなければと思う。
誰かが苦しんでいると、自分のことのように抱えてしまう。
そんな生き方をずっと続けてきた気がする。
離婚したときもそうだった。
元夫の借金問題が次々と見つかり、何が本当なのかわからなくなった。
不安だった。
怖かった。
怒りもあった。
そして今、このDJあおいさんの記事を読みながら、ふと思った。
私は息子に同じことをしていなかっただろうか、と。
もちろん、息子に親代わりを求めたつもりはない。
支えてほしいと思ったこともない。
でも、苦しい時期だったからこそ、不安そうな顔や弱音を見せてしまったことはあったと思う。
だから時々考える。
私は大丈夫だっただろうか、と。
だけどひとつだけ言えることがある。
私は息子に同じ人生を歩ませたくなかった。
親の問題を背負わせたくなかった。
大人の事情の中で、自分の気持ちを押し殺して生きるようにはなってほしくなかった。
だから離婚を選んだ。
あの選択が正解だったのかは今でもわからない。
それでも、連鎖を断ち切りたいという気持ちだけは本物だった。
親から受け取ったものはたくさんある。
感謝していることも多い。
けれど、受け継がなくていいものまで次の世代に渡す必要はない。
最近になってようやく、そう思えるようになった。
親の人生は親の人生。
私の人生は私の人生。
そして息子の人生は息子の人生。
その境界線を大切にしながら、これからも生きていきたいと思う。

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